のら犬

 常念御坊は碁が好きでした。ある日となり村の檀家へ法事に呼ばれ、そこでお昼過ぎから語を打ち続けてひがかげってきて腰をあげました。今夜は泊まっていらっしゃいと言われるのを、小僧の正観が一人でさびしがりますからとみやげのまんううをもらって帰りました。

 御坊がさっきの碁のことを考えながら村はずれまで来ますと、日が暮れかけて来ました。ふと後ろを振り返って見ますと、犬が一匹ついて来ます。御坊が往来で遊んでいた子供に「どこの犬だい」と聞くと、子供は「知らねぇ」と言いました。その犬は御坊が村を出てもまだついて来ます。

 峠の下の茶屋まで来ると夜になりました。だんごを買い、提灯を借りることにしました。そして茶屋の婆さんに犬の話をすると、「狐じゃありませんか、よく狐が出て人を化かすと言いますよ」と言った。

 犬だろうか、狐だろうか。御坊は不安に思いながら、やっとのことで村へつきました。ふと気がつくと、茶屋で買ったはずのだんごの包みがありません。後を見ると、狐らしいものが後をつけてきます。寺の門を入ると、正観を呼んでほうきで追えと言いました。すると正観は、「何かくわえている」と言います。御坊が「だんごだ、取り上げろ」と言い、正観が取り返しましたが、その狐らしいものはすわったまま逃げようとしません。正観は無理やりほうきで追い出しました。

 御坊は衣をぬいでお茶漬けを食べながら、あれはほんとうに狐だったのかと考え込みました。正観はお土産のだんごをひろげながら、犬みたいだったと言いました。

 御坊は正観に「本堂の縁の下に藁を入れておいておくれ」と頼み、「私が悪かった、さっきの犬を探してくる。落としただんごをくわえて来てくれたのに」と言いました。

作品紹介
 「のら犬」は 、昭和7年5月号の「赤い鳥」に入選掲載されました。草稿が、作品日誌「その日その日」にあり、昭和7年1月19日の創作としてあります。
 巽聖歌は大日本図書館版の童話全集解説で、「外語を受験して首尾よく入学できた時、郷里から持参してきたものを私に見せた。それをそのまま投書したらしい。」と書いている。
 鈴木三重吉が赤い鳥への掲載の事情を「入選の『のら犬』も、或純滑稽味と人情味とがしみじみと出ている。さびしさの深い作品です。犬だと思ったり狐だと思ったりする。あの度々の心気の転移の創造には、私が多少助勢しました。」と書いており、この作品に三重吉の補筆があったことがわかります。