ある日私は友達から一羽の子雀をもらった。家に持ち帰ると父は「殺生はいかん、逃いて来い」と言う。しかし母はいつに無く興味を持ち、愛情を示した。 私は子雀が母に愛されるのを感じて喜んだ。父に対して母が我を通し、子雀を飼うことになったが、子雀は水も餌も口にしなかった。

 細い竹箸で飯をやるといいと母が言うので竹箸を作っていたら手を切った。母は、手当ては父にしてもらえといって自分は仏壇へ備えるおぼく米をとる前のご飯を平気で子雀に与えようとする。子雀への異常な熱の入れようだ。

 ある日私が学校から帰ると、母は子雀の具合が悪いのでと自分の懐に入れている。一度は抱かれてみたいと憧れていた母の胸にいる子雀をみて、自分も可愛がっていたとはいえ子雀に烈しい嫉妬を感ぜずにはいられなかった。

 母と一緒に部屋で子雀を籠から出してやった。逃げようとせず、近づいて手にも乗ろうとする。私はなついた子雀に歓喜した。その時母がチュッチュッと子雀を呼んだ。子雀は母に寄って行き身をゆだねた。母は頬ずりし、接吻した。嫉妬と悲しみと憤りにくれる私に、母は子雀にやるミミズを取ってくるように言う。私はミミズを握りながら、私が愛している子雀、私から母を奪った子雀、あんな子雀はいなければよい、と考えていた。

 いや、子雀は私を裏切ってはいないかもしれないと、ひとりで子雀を放ってみた。私の手に捕まれた子雀は、母に示したような信頼は示さなかった。私は握った手に力を入れたい衝動にかられた。どこかで藁を打つ音を、地獄の底の心音のように二十まで数えたのだった。

作品紹介
 雀は、南吉の父、継母、異母弟などを登場させ、彼の家庭環境と同じ設定(その異母弟の死はフィクション)がみられる私小説の系列に属する作品である。1934・11・2 夜 起稿、1934・11・4 夕方 脱稿とある。いつもながら速い執筆である。子雀をめぐって、母を慕う少年と継母の愛憎の心理、その緻密な構成と展開が見事な作品である。

 南吉の没後昭和21年9月、巽聖歌によって中央出版から「花を埋める」に納められ、刊行された。