丘の銅像

 丘のふもとの美しい平和な村に、ハンスという詩人がいました。ハンスは村人の誇りで、亡くなった時、銅像を建てました。ハンスのことは語り継がれ、彼が作った子守歌はずっと歌われましたが、銅像の主がハンスであることはやがて忘れられてしまいました。

 国に悪い伝染病が流行り、村の人々も大勢死にました。この時ヘンデルというお医者さんが、伝染病の菌を発見し、薬草を見つけ人々を病気から救いました。村人は、ハンスの像にあごひげをつけて、ヘンデル先生にしました。先生が教えたヘンデル草はいつまでも使われましたが、丘の銅像はやがて忘れられました。

 平和な村も戦争に巻き込まれ、若者達が戦場に出ていきました。この国が負けそうになった時、ペテロという、馬に乗った指揮官が目覚しい働きをして、命にかえて国を守りました。 丘の銅像はカイゼルひげのペテロに変えられました。馬だけ新しく作りましたが貧しい村のこと、小さな馬にまたがったペテロになってしまいました。

 村で一番の金持ちの地主の家に強盗が入り、これを忠実な番犬ナハトが追っ払いました。地主はペテロと馬の像を強盗とナハトの像にしてしまいました。

 村には人が増え、家が建ち、古い教会を建て直すことになりました。丘の上の銅像にあったところに教会を建て、あやしげな銅像は塔につるす七つの鐘に変わりました。

 はじめ作られた詩人ハンスの像は、次に医師ヘンデル、軍人ペテロ、そして強盗に変わり、、ついには七つの鐘になったのでした。

作品紹介
 昭和8年12月、南吉、東京外語大2年の時の作品。 ストリンドベルイの戯曲「ペエアの旅」からヒントを得たとしている。鐘楼守の息子ペエアが、幸福を探して遍歴する童話劇だが、南吉はこれを銅像の変遷の話に作っている。

 南吉は「子供の頃に覚えた歌をだんだん忘れて大人になる」と言っている。この物語が詩人ハンスで始まり、医師、兵士、強盗と変えたところに、南吉の思想が象徴的に見えると言えようか。最後に、教会の鐘にしてその美しい響きが神の国を思わせたとしたのは、南吉の救いであったろうか。