坑夫

 坑道の奥で、岩を叩いている五、六人の男達が、この鉱山はもうじき閉山になるとうわさしている。そうすりゃみんな村や街へ帰れる。久しぶりに故郷の子供やお母に会えると愉快そうに話していた。

 なかに二人、ひげの男とやせた男、故郷を思い出し、帰っても一人ぼっちだが、やはり帰りたいと。だがくにに変えれば、すぐ赤いレンガの牢屋へぶち込まれてしまうと。二人はこの荒野っ原で暮らそうと話し合う。

 やがて坑夫たちが、めいめい故郷へ帰ってしまうと、この町も火事か地震のあとの様にひどく荒れて、消えていった。二人の男も明日は北のほうへ立とう。奴らは南、俺達は北かと言っていた。

 次の朝、やせた男はうつうつした顔で車の音を聞いたように思った。夢だったかと再び寝ようとした時、今度ははっきり、車の輪の音、馬の蹄鉄の音を聞いた。一台の荷馬車が朝もやの中を南の方へ消えていく。行くなら今だと、やせた男はそっとぬけ出そうとした。

 ひげの男は、「お前、帰りたくなったのか」しかし「お前を待っているのは暗い牢屋と人々の冷たい眼ばかり、この広い野っ原に俺達の大きな自由があらあ。北へ行こう。氷の中にエスキモーがいらあ」と。しかしやせた男は、「俺は人間のいる所へ行きたい。人間の顔が見たい。人間の声が聞きたい。」と言い、「つれて行ってくれ」と荷馬車を追いかけた。

 その日の午後、車を止めて休んでいる荷馬車を追ってくる人影が見えた。ひげの男だ。人々に追いついた時、泡を吹いて、顔は土色になって倒れてしまったが、「俺も人間のいる所へ行きたい。人間の声が聞きたい」と言うのだ。

作品紹介
 「坑夫」 は、南吉一九歳、東京外語学校に入学した年の作品である。原稿の余白に、「童話が好きで、読んだり書いたりしているので、童話みたいになってしまいました。しかし僕は創作のつもりでいるんです」とある。この後、南吉は小説を書き、文学修行に励むことになる。

 巽聖歌も「東京へ出てきて、私達に責められての第一作ということになろうか」と書いている。この作品の舞台は、これまでの故郷岩滑と違い、不定である。南吉は東京へ出て、故郷を舞台の作品を書き続けることに迷い望郷の念を強くにじませ、これをテーマにしている。