鳥右衛門諸国をめぐる

 鳥右衛門は犬追物が好きだが、しもべの平次の眼はいつもそれをとがめるように彼の心を刺す。今日も犬追いのためにつれてきた病犬に怒り、平次の右の眼を射つぶしてしまった。

 七年たち、先導になっていた平次は、人々のように鳥右衛門の弓の腕前をほめるどころか「人のためになることをしてこそ偉いというもんさ」と言う。この言葉に怒り、鳥右衛門は平次の左の眼を射つぶした。

 鳥右衛門には平次の言葉が耳を離れず、人のためになる生き方を探して旅に出た。いろんな仕事をしてみたが見つからない。

 ひょうんなことから山の村の堂守になった。にわか僧で、お経も法話もまずいが、村では人々の役に立ち、いつのまにか鳥右衛門は、人のためになる生き方を探そうとはしなくなってきた。

 村に鐘が一つほしいと言う。これも村の人のためになると、鐘を作るための喜捨を集める旅に出た。八年間諸国をめぐり、志を集めて最後に川名の村へ寄ろうとした。しかし、この川名は大水で家も田畑も流され困っているという。「川名の人々を助けに行こうか」「村へ帰って鐘を作るか」迷いながらも、鳥右衛門は村へ帰ってしまった。

 村には吊鐘ができ、日に三度はなつかしい音を響かせた。鳥右衛門は自分でも聞いてみようと山へ登ると、帰りに村の子供にわるさをされている平次に会う。また心がうずいてきた。「川名の人々を助けてやるのが正しかったという」のかと。

 その晩から鐘が鳴らなくなった。御堂の戸は閉まり、中から何か唱える声がする。やがて「鐘が失せた」と嘆きながら走り出し、見えもしない聞こえもしない鐘に追われるように、鳥右衛門はまた諸国を歩くことになった。

作品紹介
 昭和17年5月の作と言われ、「花のき村と盗人たち」(帝国教育会出版、昭和18年9月刊)によって出版された。

 人物モデルとして、南吉の叔父で下駄屋から職を転々とし、僧侶で村へ帰った渡辺聡太郎が考えられる。南吉は、テーマとして人のためになる生き方を追求し、人の心の二面性を鳥右衛門を平次に託すという形で作品にした。鳥右衛門は平次の読み取る心を鏡とし、常に迷い、ついには発狂してしまう。人物は混乱し、作品は破綻しているともみえるが、南吉作品の中では、特色ある興味深い物語になっている。