貧乏な少年の話

 大作君は、道に落ちていたキャラメルの箱を拾おうとしたが用心してやめた。案の定吉太郎君の罠だった。これを弟の幸助が拾ったことから、彼は貧乏コンプレックスに陥った。

 大作君は、己の貧乏を数え上げた。家には子供が多すぎる。だから名前は四人目からは番号式だ。服や帽子や靴や教科書は、一人ひとりに買わずに上から下へおろされていく。弟たちのくせもいろいろだが、西瓜の皮を紙のようにうすくまで食べるというように、どれも貧乏ったらしい。

 井戸端でお母さんが、赤ん坊をビール箱に入れて洗濯をしていた。これが乳母車の代わり。八つぐらいの男の子が、すり切れたほうきであやしている貧乏な景色である。お父さんは屋根職人だが、仕事のないとき、百姓仕事の手伝いにいく。畠を麦の束をかついで走っている。早く仕事をして、次の仕事で一線でも多く儲けたいためだ。何とも悲しい眺めである。

 大作君は、貧しさを恥ずかしがり、意気地がなくなってしまった。いけないことに、自分の家、弟や妹、父や母にまで他人のように冷淡な目で見るようになったのだ。 そして、これが怒りにさえなっているのだ。

 大作君たちは、町の公園グランドでの連合競技会で綱引競争をした。必死で頑張って、優勝したかにみえたが、吉太郎君が落伍していてそれを逃した。しかし、大作君は、吉太郎君を許し、己の頑張りに自身を持った。やがて貧乏を恥ずかしがることはないという心境になっていった。 幸助の拾ったキャラメルの空き箱が廃品の献納への協力とわかって、その心は明るくなるのだった。

作品紹介
 自己の貧しさの意識を反映した少年小説で、初めての童話集「おぢいさんのランプ」のために昭和17年3月に書き下ろされた。

 貧しさのコンプレックスを、悲しみや怒りの表現、そして諦めにとどめず打開の方途に事件や心理を探り、物語を構成していく。南吉最晩年の作品である。

 廃品の献納運動に時局をのぞかせている。昭和17年4月に空襲警報を経験し、勤労奉仕に女学生を引率するかたわら、病をおして創作をすすめ、5月には晩年の名作を多数残している。