久助君の話

 久助君は、四年の終りに学術優等品行方正の褒美をもらった。お父さんは、それから毎月一時間の勉強を課した。一時間たって外へ出ても、もう友達の声は聞こえない。

 だれか集まっていそうな場所を探してまわるうちに兵太郎君にあった。みんなどこにいると聞いても、知らんという。乾草のところに転がっている兵太郎君を見て、久助君はここで兵太郎君と遊ぼうと思い、自分も体を乾草に投げつけていった。

 兵たん、相撲とろうか、蛙とびやろうかと言ってものって来ない。兵太郎君の耳の中に草の先を入れていたずらすると、やめよォッとどなって、体がぶつかったのがきっかけで、二人は猫の子のようにくるいはじめた。しばらくは冗談のつもりでくるっていた。相手は本気でやっているのか、そんならこっちも真剣にならなきゃあ。いや、やはり冗談半分か、二つの疑問が交互に現れたり消えたりしたが、二人は狂い続けた。

 やがて兵太郎君は抵抗しなくなった。久助君はふいと寂しくなった。兵太郎君は、身動きせずじっとしている。手をゆるめても、もうその虚に乗じて来ない。立ち上がって、何ともいえない寂しそうなまなざしで地平線あたりを眺めている。久助君の前に立っているのは兵太郎君ではない。自分はこんな知らない少年と半日くるっていたのか・・・。いや、やっぱりいつもの兵太郎君だ・・・。

 よく知っている人間でも、ときにはまるで知らない人間になってしまうことがあるのだ。これは久助君にとって、一つの新しい悲しみであった。

作品紹介
 南吉は、「久助君」という少年を主人公にいくつかの童話を書いている。「久助君の話」の他に、「川 (B)」「嘘」「耳」等で、久助君のものと呼ばれている。

 この久助君は、南吉の分身と見られ、自我の形成や少年の心理を描いている。兵太郎君も、南吉の小学校の頃、言葉づかい、表情、くせ等でよく似た人物がいたと伝えられる。南吉少年期を素材に、周囲の人物をモデルに、一群の物語が作られ、「久助君の話」は、昭和14年「ハルピン日日新聞」に掲載された。