花を埋める

 「花を埋める」 という美しくもあわれな遊びが、子供の頃あった。一人が鬼になり、眼をつむって待つ。その間に、他の人は花をむしってきて盃ほどの穴を掘り、その花を入れてガラスの破片でふたをし、上に砂をかぶせる。

 「ようしか」と鬼、「もうようし」と合図。鬼はここぞと思うところを指先でなで、花のかくされた穴を見つける。この遊びでは、隠しおほして鬼を脅かす、早く見つけて鬼をやめるということより、土の中の花の美しさに興味がある。指先にコツンとあたるガラスの上の砂をのけると、お伽噺の世界、夢の凝縮がある。

 この遊びは、夕暮れの静けさの中で女の子たちが好む遊びであった。二人いればできる遊びだが、一人でもできるので、私は一人でよくした。その心に流れるうら侘しさが思い出である。家へ帰る前に、美しい作品を一つ土の中に埋めておくこともあり、こんな時は心の中に秘密を持つ楽しさに似ている。

 ある日暮れどき、私は林太郎とツルと三人でこの遊びをした。もうこれで終わりという時、私が鬼になった。ツルはいつも花をうまくあしらい美しいパノラマをつくる。私はそれを楽しみに探したが、見つからない。林太郎はにやにやして見ている。「お茶わかした」というと、「じゃあ明日さかしな」とツルが言う。

 私は、その後も時々この埋められた世界を探した。しかしどうしても見つからなかった。これを林太郎に見つかり、ツルは「嘘いっただよ」と言われ、心に憑いたものが除かれるとともに、ツルへの幻滅も味わうのであった。

作品紹介
 南吉は、「花を埋める」という遊びを今の子供達はするのか、いや私達がこの遊びをしていたころでさえ、私達だけではなかったか、と書いている。
 この小説は、昭和14年、「ハルピン日日新聞」に掲載された。南吉が、安城高等女学校に勤めたころ、東京時代の友人江榛一の原稿依頼によって東京から離れていた南吉の作品発表の場として、一時代をなしたと言ってよい。

 「花を埋める」という遊びは、ごく限られた地域、世代の遊びだったが、南吉のこの作品によって人々の記憶に残されている。