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| ごんごろ鐘
これは、ごんごろ鐘を作るとき、村人だけのお金では足りず、四方の谷、向こうの村の人たちの助けを借りたので、その人たちの心からもって、それぞれの音がまじっているというのです。 自分の体を溶かして、爆弾となってしまう鐘を供養したいという庵主さんが、線香を立て、お経を上げて供養をすますと、和太郎さんが牛車に乗せて、町の国民学校まで運びました。 翌日、子供常会をするため尼寺へ集まり、みんなで境内の掃除をしていたら、深谷に住む人がお爺さんを乳母車にのせてやって来た。ごんごろ鐘が献納されるときいて、お別れにきたのだそうだ。鐘の出征の日を一日まちがえていたのだそうだ。 僕達は常会でごんごろ鐘に合わせてあげることにした。お爺さんは、乳母車から手を差し出しのべて、なつかしそうにごんごろ鐘をなでていた。ごんごろ鐘は深谷で作られたというので、、このお爺さんとも深いつながりがあったわけだ。 夜、我が荒鷲が猛爆とラジオニュースで聞いて、ごんごろ鐘もあの爆弾になるんだなと思った。
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