ひとつの火
 子供のころ、わたしの家は山のふもとにあって、ちょうちんやろうそくを売っていました。
 ある晩、一人の牛飼いがちょうちんとろうそくを買い、「ろうそくに火を灯してくれ」と言いました。
わたしはマッチをすったことがありませんでしたが、マッチをすってろうそくに火をうつして、ちょうちんを灯してやりました。牛飼いはちょうちんを牛のよこはらのところにつるして行ってしまいました。
 わたしの灯してやった火は、どこへ行くのだろうか考えました。牛飼いは山の向こうの人だから、火も山を越えていくだろう。山の中で牛飼いは別の村へ行くもう一人の旅人に行き会い、火を貸してくださいと言われると火をかして、旅人のちょうちんにうつすでしょう。そしてその旅人が夜っぴて山道を歩いていくと、狐にばかされた子供をさがしている、太鼓や鐘をもった大勢の人々に会い、その人たちのちょうちんに火をうつすかも知れません。
 わたしは今でも、あのときわたしが牛飼いのちょうちんに灯してやった火が、次から次へとうつされて、どこかに灯っているのではないかと思います。

 東京外語時代の、昭和10年5月19日の作。没後、昭和18年6月号「家の光」に掲載されました。昭和18年2月、手元にあった未発表のものをまとめて巽聖歌に託したもののうちの作品です。
 昭和23年「きつねのおつかい」(福地書店)にも掲載、刊行されました。