小さい太郎の悲しみ
 小さい太郎がお花畑から飛び立った大きなかぶと虫を捕まえ、喜んでお婆さんに見せる。ところが、縁側で居眠りしていたお婆さんは、「なんだ、がにかや」と言って、また目を閉じてします。お婆さんにとっては、かぶと虫だろうが、蟹だろうがかまわないのだ。
 そこで太郎は近くの金平ちゃんの家へ行く。すると家の中から金平はゆうべから腹が痛うて寝ておるだで」と言う。太郎がちょっとがっかりしたが、また腹が治ればいっしょに遊べるからいいと思う。
 次に太郎は一つ年上の恭一君の家へ行く。すると鶏に餌をやりに出てきた小母さんが「恭一は三河の親類へ昨日預けただけだが」と言う。「もう戻って来ないの」と聞くと、小母さんは「盆は正月にゃくるだらzにな」と言う。
 最後に太郎は、車大工さんの家に行く。この家の安雄さんは、もう青年学校へ入っている若者だったが。太郎たちの良い友達で、どんなつまらないものでもちょっと細工をして面白いおもちゃにすることが出来たのだ。
 小父さんと二人で仕事をしていた安雄さんを太郎が小声で呼ぶと、小父さんは「うちの安雄は、もう今日から一人前の大人になったでな、子供とは遊ばんでな」と言う。
 小さい太郎の胸に深い悲しみがわきおこる。お腹が痛いなら明日になれば治るだろう。三河にもらわれて行ってもいつかまた帰るだろう。しかし、大人の世界にはいった人が子供の世界に帰ることはないのだ。
あ る悲しみは泣いて消すことが出来るが、そうすることも出来ない悲しみがあるのだ。指からすり抜け、かぶと虫が逃げてしまったのも気付かず、太郎は西の山に浮く赤い雲を見ていた。

 「小さい太郎の悲しみ」は、昭和18年1月9日の作である。窮極のお母さんものといってもいいだろうと思われる童話「狐」(1月8日)を書き上げた翌日、南吉はこの作品を書く。
 4歳にして母をなくした南吉は、8歳(小学二年生の時)実母りゑの実家へ養子に出される。その時、養家には血の繋がりのない祖母が一人いるだけだった。この「小さい太郎の悲しみ」の書き出しに出てくるお婆さんは、養子先のお婆さんをモデルにしているのではないかと思う。
 幼い日に母を亡くし、養子に出された南吉の悲しみが、彼の作品に反映されている。