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嘘
久助君は、お多福風邪を患って五日間学校を休んで出て行くと横浜から転向してきた太郎左衛門という名の少年がいた。セル地の美しい洋服を着た色の白い少年で、綺麗な声で読本を読んでいた。田舎の岩滑のこと、都会風の少年はみんなの眼をひく。久助君は何となく太郎左衛門に心ひかれていた。授業中いつの間にかじっと眺めていることもあったり、岩滑のことばで話しかけるのははずかしく、「横浜から来たのん?」などと中途半端な言い方をしてしまうのであった。しかし、みんなには太郎左衛門は下品な話し方をし、嘘を言うことが知られてしまった。 午ヶ池の南に屏風を二枚向かい合わせて立てた様な崖があり、ここで一方の崖に向かって「おーい」と叫ぶとこれがこだまになって行ったり来たりして、いつまでもひとつの「おーい」は消えないというのだ。兵太郎君は、午ヶ池へ釣りに行ったときに試してみたが、うそであることがわかった憤慨していた。また、土瓶のふたぐらいの円い変なものを持ってきて、耳に当てると不思議な音が聞こえると言ったが、これもだまされてしまった。 ところが、いつから僕らが献金してできた愛国号が、新舞子の海岸にきていて、宙返りや曲芸を見せているので見に行こうという話にはひどい目に合わされた。太郎左衛門の言葉には用心していたが、世のあまりに平凡な毎日にうんざりしていたのでついのってしまったのだ。 半田池をすぎ、長い峠道をのぼりつくした頃から、みんなは沈黙がちになり、大野の町をすぎ、新舞子の海岸についたのは、太陽が西の海に没しようとした日暮れだった。五人はくたびれて海岸に足を投げ出し、ぼんやり海を見ていた。愛国号はいなかった。また太郎左衛門の嘘だった。「とんでもないことになってしまった。これからどうしてかえるのか。」突然徳一君が「わっ」と泣き出した。強い腕白の徳一君が泣き出し、兵太郎君が、久助君が、加市君がと、皆声をそろえて泣いた。太郎左衛門もいっしょに泣けばいいのにと思ったが、貝殻で砂の上にすじをひいているばかりで泣き出さないのである。久助君は、何という変な、訳のわからんやつだろうと思った。やがて「親戚が大野にあるからそこへ行こう。そして電車で送ってもらおう。」と、太郎左衛門が言う。半信半疑だったが、その家を探すことにした。間もなく露地に親戚を見つけ、お小母さんが、「まあ、あんた達は、まあまあ」とあきれていたが、電車で岩滑まで送ってくれた。 久助君は、嘘吐きの太郎左衛門も今度だけは嘘を言わなかった。死ぬか生きるかという土壇場ではあいつも決して訳のわからぬやつではなかたのであると思った。人間というものは、最後のぎりぎりのところでは、誰も同じ考えなのだと思った。根の所ではみんなよく分かりあうのだと分かったという。
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