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塀
村の少年達は冬から春先にかけて、竹馬を作って乗り回る。新は人一倍高い竹馬を作ったが、他人より高いのに乗れば遠くまでみえるだろう位の他愛のない考えで、最初から目的があってのことではなかったのだが、新と同級生の音治という少年の村で一二を争う大きな屋敷を覗き込むことに興味を持った。新は青年会所の広場でベースボールをしていて、音治の家の庭にボールを打ちこみ、拾わせてもらいに入って、身も知らない美しい女の子に会い、幼い恋心に似た憧れを抱き、この少女に会うため、好きでもない同級生音治とともだちになるのである。折しも小学校卒業の時期、成績のよい新は中学へ進学させてもらえるものと考えるが、父の許しはなかなか出ない。担任の強い説得もあってやっと父の許可が出たころ、音治の母が新にたずねた。「卒業したら高等科へ行って畳屋を継ぐのか」と。新が「中学へ行く」と言うと、「仰山金が要るんね」と。この言葉に新は侮辱を感ずる。 メンコをすると、奈都子は、弱い音治に加勢し、勝つと嘘こびから、返してくれと。祖父音右衛門は、「貧乏人の子は何でも盗む」と金持ちは貧乏人を侮辱している。自分は貧乏人の子だと思い知る。 家を見ても、自家には塀がない。直接街道に面している。門がない。蔵がない。物置がない。ひしゃげて這いつくばっている。金持ちは美しい着物でゆったり暮らしている。うちの親は汚れた着物でこま鼠のようにくるくる働いている。音治の親は働いているようすも見えないが、金はどうして儲けるのか。おっ母に聞いた。田圃を人に貸して年貢をとり、それを売って金を貯めたと。その田圃はどこにあったのか? 銭湯で小作の和二郎が地主の音右衛門に年貢をまけてくれと。共産党の青木さんは、和二郎に小作は団結して交渉をと。新は青木のいう金持ちと貧乏人、地主と小作の間の塀の比喩がなんとなく解ってきた。後日、新が塀から覗いていると、和二郎が青木の発議による小作の集会を音右衛門に密告して、年貢をまけてもらったのを知る。その上担任の辻先生の、音治へのお世辞まで聞いてしまう。 新は絶望と悲哀と怒りの中で、庭の夏蜜柑を一つ盗り、これを塀の中へ投げ込んでそこを去った。
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